津田裕也ピアノリサイタル2008年06月10日 14時36分59秒

6月5日東京浜離宮朝日ホールでピア二スト津田裕也のリサイタルを聴いた。

ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 op.13 「悲愴」
シューマン : 幻想小曲集 op.12
シューベルト : 楽興の時 第2番 変イ長調 D780-2
シューベルト : さすらい人幻想曲 ハ長調 D760

津田は昨年の仙台国際音楽コンクールに優勝しており、その優勝者に与えられるいくつかの本番の機会のうちの一つ。

人材発掘の場としてのコンクールも時代が移り、供給過多になり気味で、世界的著名コンクールに各国のマネジャーが押し寄せるというのも、昔話になってしまった。チャイコフスキー、ショパン、ロン=ティボーの最近の回の優勝者をすべて言えるマネジャーなど世界中にいるだろうか?

どの音楽事務所にも仕事を求める中堅クラスが半数以上を占め、探しているのは「新人」ではなく、「仕事」というのが現状だ。

それでも音楽大学は卒業生を輩出し続けるし、音楽コンクールも減らない。一旦機能が動き始めたらそこで収入を得る人々もおり、何かを変えるのは簡単なことではない。

だがマーケットの変化からの圧力もあり、コンクール同士としても生き残るためにはそれ相応の実績やら、支持を得ていかなくてはならない。優勝者には賞金だけでなく、事後のオーケストラとの共演やら大都市でのリサイタルなどアフターケアも競争の一つだ。

ということで、仙台の国際コンクールも優勝者には東京でのリサイタルの場も提供している。仙台出身で地元ではすでに有名人の津田だが、東京でのリサイタルともなれば得意なものを並べて勝負するのは当然だ。

この日はアンコールが2曲演奏されたが、それはシューベルトの小品2つで、後半全部とアンコールがシューベルトということは、彼のこの作曲家への想いが見える。

事実「楽興の時」やアンコール2曲目の「即興曲」は素晴らしかった。現代のソリストレベルの名技性は持っているが、彼はよりインティメットな表現や、室内楽的な協調性が得意なように見える。

マーケットがどうだろうが、コンクールの現状がどうだろうが、若手ピアニストとしては、研鑽を積みながら、要するに「自分はどうする」という結論を出していかなくてはいけない。

欧米においてコンクールは単にデビューのきっかけに過ぎないが、日本は学歴と同じでずっとコンクールのことを話題にされたりする。回りがそうなのはしょうがないとして、本人もそれを振り回すようでは、自分がそれ以下の人生ということを発表しているに過ぎない。いいアーティストになれば、学歴だのコンクール歴など言われることも無くなる。

津田さんは上記のシューベルトのようにとても誠実な音楽をやる。コンクール歴などに振り回されない、堅実な生き方をしていってくれそうな気がする。

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